無料ブログはココログ

最近のトラックバック

趣味

2012年6月10日 (日)

帰還

私の体の一部、無事戻ってきました。リフレッシュして♪
Dscf1804

私の体の一部となってから初めてのOH。

ガラスも新品であります。

このBreitling君。
実はこの時計、結果が出せなかったけど 自分なりに必死で頑張った自分へのご褒美。というか、そんな自分も少しぐらいは贅沢しても良いんではないか?と、一生ものと思い清水の舞台から飛び降りた。。。いや 飛び降りたと言うよりも落下した様にして買った物。

だから そんな私と共に一生体の一部として、動き続けてもらわなければならないのです。

OHは修理じゃなくて、これからも私と未来の時を刻んで行く為の儀式なのだ!                                                        


。。。なんつって。


今日は声が西城秀樹です。

2009年4月13日 (月)

画廊HETO

この 素晴らしく外出日和の天気の土日。完璧に家に篭ってました。

だから大してここに書くネタはないのだけれど、今日は新しいテーマを一つ♪

恐らく続きませんが。。。

私は以前に 昔は絵を描くのが本当に好きだったと言う事をここに書いたのだが、今 この絵が家に飾ってある。005

この絵は実は私が小学校6年生の時に学校の授業で描いた絵でテーマは『猫のいる街』。その名もずばりその話をききながら、想像して絵を描く授業で描いた絵である。

何年か前に実家に置いてあるのを見つけたのだが、母親が大切にとっておいて飾っていたそうだ。私はずっと実家に住んでいなので全然気がつかなかったのだが。

この絵は失敗作と言う扱いで私の手元にあるのだが、実は本人は失敗したとは全然思っていない。

ある日突然この絵を隣のクラスの先生が、図工の時間に持ってきて みんなの前で「この絵は本人(私です)が 失敗だというのでもう一回書き直して 市の展覧会に出品します」と宣言されたのだ。本人も聞いたのはこの時が初めてである。

私は突然この人 何を言ってるんだろう?と思ったのだが、こう見えても素直な小学生だったので、言われるがまま 家に帰って 手渡されたひとまわり大きなサイズの画用紙に同じ絵を描いて提出した。

今思えば、何かを描き直した方がいいとか?ってアドバイスもなく 単に出品する条件の用紙に描き直させたかっただけなのだ。

やはり同じ物を描いていても、最初に描いたこの写真の物の方が小学生の大した絵心も知識も無い私ではあったが、本人的にはしっくり来ていた。

しかし 後から描いて提出した物が名古屋市の展覧会に出品されてそのまま戻って来ることはなかった。

私も絵を描くことはすごく好きだったのだが、絵が上手くなりたいとか このような展覧会に出すとかと言う事には全く興味がなかったので観に行く事もなかった。もちろん親にも言わなかった。何で言わなかったかわからないが、自分の事で廻りが騒いだり、目立つ事が嫌だったので隠していた気がする。今になると本当に悪い事をしたなぁと思う。

その前の5年生の時にも『ふくろうのいる森』言う絵を描いて、それも展覧会に出されていて、その後私の母校の小学校の玄関に何年か飾られていたのだが、確か親には言わなかったし、記念に ともらった写真は親に見せる事もなく こっそりしまっておいた記憶がある。

それで結局この絵を実家で20年以上ぶりに見つけて、母親が持っていけというので、今現在 私の家にあると言うわけだ。

この絵を見ると、本当に子供の頃の想像力と 思った事を形にする力はすごいと思う。

今 同じ話を聞いて絵を描けと言われても、まず何も描けない。

それに石畳やレンガ作りの家なんて、何か見本を見ないときっと描けないだろう。いや石畳とかレンガ作りの家と言う事も出て来なかった気が。。。

街灯をぼかした感じを描きたいともきっと考えもつかないだろう。

でもこの時は一切に何も見ずに描いた記憶がある。

大人になってもクリエイターと言われる人は、ある部分 大人になっても子供の心をずっと持ち続けられる人なのかも知れない。

実は我が家にはあと3枚 HETO作の絵が飾ってあるので、また別の機会に。良かったら見てやってください。

他の絵は むかしむかし 何かあると絵を描き出すと言う私の習性で、張り切って描いた物ではないので、普通の鉛筆画の 白黒ですが。。。しかも想像力もかなり貧困になってからの絵です。

しかしブログと言う物がなければ、これらの絵も 私の家に来た事のある人以外の眼に触れる事はなかったのでしょうね。便利な時代になったものだ。

と言う事で 全く関係ありませんが 明日はDEEP PURPLE & YNGWIE MALMSTEENです♪(←急に現実のおっさんに戻る)